翠苑の姫たちへ

        *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
         789女子高生設定をお借りしました。
 

       



 その昔、創立したばかりな頃は、閑静な丘の上に建つ学び舎であったのだろうその女学園も、歳月の経過を経てのこと、周辺の開発が進んだ今は、整備された住宅街の只中にそれは厳かに佇んでいる、ランドマーク的なスポットとなっており。黒塗りの鉄柵に囲まれ、それは厳重に守られし乙女たちは、天使のように真っ白なまんま、それは屈託なくも無垢なる笑みこぼし日々を過ごす。

 「ドラマやマンガなんぞで描かれてるそのまんま、
  見栄の張り合いやいじめの横行も凄まじい、
  内情はとんでもないっていう お嬢様学校も、
  確かにあちこちにあるんでしょうが。」

 親たちからしてそんな殺伐とした人格の人たちで、他人は全部見下してやれという方針で育てられてりゃあ、そうなるのも判らなくないけれど。

 「ウチの皆様と言ったら、
  競争とかには縁のない ふわふわ・ふーとした環境下で、
  蝶よ花よと育てられた人たちばっかですものねぇ。」

 独りぼっちになんて縁がなく、常に誰かに見守られ、大切にされながら、人を慈しむことの暖かさを生活の中で自然と教えられ。抱え切れないほどの愛や善意にいつも満たされていることで、おとぎ話や教科書で説く美徳を、そのまま実現させられる世界に生まれ育った、生え抜きの高貴な姫たちなればこそ。優れた才能を持つ人を、素直に認めて憧れられる。努力を尊び、素敵だと共感出来る。決して傲慢にはならず、たとえば自慢出来ることが誰かに追い抜かれても、嫉妬や羨望の生まれる暇間もなく、素直に讃えることが出来。自分も頑張ろうって、うんって明日の自分へ頷くことが出来る。それに、追い抜いた側もまた、相手を見下したりはしない。だって判っている。きっと追いかけて来るってこと。着かず離れつしながら、ずっと一緒だってこと。極論を言えば…他人を蔑んで傷つけたり、陥れて足を引っ張るなんて負け犬がすることで。彼女らはそんな間違った近道へ逃げたりなんかしない。要領が悪く見えたっていいと、あくまでも地道な正攻法で挑もうとするのは、馬鹿正直だからじゃなく、それだけ強靭な人たちだってこと。

 「何たって余裕がありますし。」

 やりたいことへだけ打ち込める環境というものに恵まれている。誰かのせいになんかに転化しない、真実から目を逸らさない強さを、たっぷりな愛情でもって育まれて来た、それは真っ直ぐな負けず嫌いたちだから………。

 「……なぁんて言い方は、ちとロマンチックが過ぎますかしら。」

 さすがに全員が全員、そういう完璧なお嬢様ばかりじゃあなくて。もしかしてどこか下級生のクラスの片隅には、嫉妬深いお嬢さんもいるのかもしれない。はたまた、もっと判りやすい話として、何年かに一度ほどの周期にて、

 『この学園を支配する“女王”の座に、
  このわたくしが上り詰めてやるわ、おーほほほっ』

 なんていう、野望に激しく燃えてるお人も現れるそうだけれど。そうなればなったで、

 『あらあら頼もしいこと。』
 『では、学園祭の女王は ○○子様にお任せしましょうvv』
 『それが良ろしゅうございますわvv』

 「それこそ全会一致で、面倒ごとを一手に任されてしまうだけのこと。」
 「おや久蔵殿、なかなか手厳しい。」

 そうか?と目顔で問うた彼女だったが、ちらと上がった目線はすぐにも、手元の卓へと戻ってしまう。それにつられて平八も、じゅじゅうと小気味のいい音を立てる鉄板へと視線を戻せば、

 「シチさん。そっちの角っこ、もう食べ頃ですよ。」
 「えー? もうちょっとキャベツをしんなりさせたいvv
  あ、キュウゾウ殿こそ、手元にいいお焦げが出来てますよ。」
 「…。(頷) 〜〜〜〜。」
 「ああ、ほらほら。力まかせにしないで、こう…っと。」
 「……vv////////」

 三人娘、今日はもんじゃ焼きを堪能中であるらしく。甘めのソースがマーブル模様を描くチーズを、縁だけカリカリさせた半生に焦がしたお焦げ。不慣れで上手に剥がせぬ久蔵に代わり、七郎次がすんなりした腕を伸ばして世話を焼くのも相変わらずで。小さなヘラを巧みに操り、ずんと大きめ、立派なチップスサイズのお焦げをどうぞと小皿に取ってもらい、口許をうにむにと嬉しそうにほころばせて見せた金髪紅眸のお嬢様。箸を取りつつ続けたのが、

 「まま、面倒ごとだと思うのは、取り巻きの面々だけだがな。」
 「あ、やっぱり。」

 3人のうち、唯一 中等部から同じ女学園へ通う身の久蔵がそうと付け足せば、さもありなんと平八が頷く。

 「さりげなくながら、
  派閥というかグループというかに、分かれてますもんねぇ皆さん。」

 それは有力な名家のお嬢様とその取り巻きという“仲良しグループ”が幾つかあって、ただ単に、それらの中心格となっているお嬢様がたが、それはそれは恵まれた人たち揃いなので、揉めごとなんてそうそう起こりゃしない…というのが、一番ぶっちゃけた言いようなのかも知れず。まま、皆さんのほほんとしてらっしゃるってのは事実だし、

 「ご自分がナンバーワンとなれる場は、それこそ いくらでもお持ちですもの。
  学校の行事でくらいは、見物に回ってたいと思ってしまうのでしょうね。」

 誰かのお世話を焼いてみたいからと、

 『◇◇さん、立候補してみては?』

 なんて話を振られた子こそ大変なプレッシャー。推挙してくださったお嬢様のお顔をつぶすような失態は許されぬという立場へ追いやられ、冗談抜きに胃炎に見舞われることもザラだとか。

 「遠回しないじめですかね、そりゃ。」
 「いや悪意はないのだ、本当に。」

 何とか言い訳で切り抜ければ、さほどゴリ押しはされぬというしな、と。香ばしいチーズせんべえをカリコリ頬張る久蔵なぞは、この頼もしいお仲間たちとまだ巡り会っていなかった中等部時代、3年連続で文化祭の主役にあたる“メイプルクイーン”をやらされたのだそうで。とはいえ、それもまた決して無理強いなんかじゃあなくて。1年のときは、お友達がいないように見えたのが気の毒だったから。2年のときは、昨年の美麗なお姿を新入生たちが見たいというので。3年のときは、これで見納めになるのかと思うとと、卒業してったお姉様がたがリクエストしていらしたので…と。尤もらしい理由から推挙してくださったお嬢様たちがいて、そんな我儘を聞いていただくのだから…と思ったか、いそいそと世話を焼きまくって下さったため、実質 何にもしないで過ごせたんだとか。

 「きっとアレですね。
  1年に1度くらい、下々の人たちが熱中するお祭り騒ぎを体感したいっていう。」
 「お、そんなこと言っていいんですか?」

 やっとお好みの火の通り具合になったのか、小麦粉のタネも程よくトロロンと絡んだ、キャベツの土手の一角を摘まむと、何度もふうふう吹き冷まし、春野菜の甘さを満足げに堪能する白百合様もまた、

 「シチさんチって、世が世なら華族様の御血統なんでしょうに。」
 「ん〜ん、そんなの本家の大伯父様の家が、ってだけですよう。」

 ウチはほとんど縁も付き合いもないよなもんでして、と。肩をすくめたそのついで、そうそうと思い出したように、座布団へと乗っけてた白いお膝近く置いてあった、麻のざっくりした布バッグへと手を伸ばす。

 「うっかり忘れるとこだった。五月祭の写真が、仕上がって来てたんですよ。」
 「わvv 観たい観たいvv」
 「……vv ////////」

 場所こそ、平八の居候先でもある“八百萬屋”ではあったが、店ではない住居の方の居間でのおやつだったので、個人的なおしゃべりの声が多少高まっても迷惑はかけないし、他の人にも聞かれない。そんなせいもあって、少々蓮っ葉な批評めいた話題になってしまったのも、今日の集いのテーマがそれだったから。七郎次の叔母にあたる人で、最近売り出しのカメラマンでもある女性が、先月 女学園で催された“五月祭”の模様をスナップに収めてくれており。さすがはプロで、掲示板へと張り出された見本へは、生徒の皆様が連日のように鈴なりになったほど。焼き増しを申し込んだそれ、親戚というよしみから一足早くに受け取った七郎次であり、

 「サナエ叔母様も、そういった家柄なんて却って面倒臭いって言ってますしね。」

 自分の腕で勝ち取った評価なのか、それとも何かへ気を使われた結果なのか、曖昧なのが時に焦れったいなんて言って苦笑してらしたしと語りつつ、シックな角封筒に入ったフォトブックをそれぞれへと差し出せば、わくわくと期待に満ちたお顔で引っ張り出すお友達たちで。

 「叔母様が気の合う人たちだことって感心していたけれど、
  もしかして大差無い中身なのかな?」

 自分の選んだ写真を収めたフォトブックを取り出した七郎次が小皿を退けて作った空間へと広げれば、何かの答え合わせのように、そちらと手元を見比べていた二人がたちまち“あははvv”と苦笑をし、

 「ええ、あんまり変わりませんね。」
 「…、…。(頷、頷)」

 鮮やかな新緑の中で毎年5月に催されるのが、豊饒の女神マイヤを祀り、供物を捧げて祝う“五月祭”であり、本来イギリスの風習だそうだが歴史はもっと古く、女神様も古代ローマ時代の存在だとか。それをなぞらえてのお祭りが、彼女らの通う女学園でも催され、純白のドレスを着る“五月の女王”とエスコートの二人が選ばれるのだが、

 「シチさんは本当にこういうシックなお衣装が似合いますよね。」
 「あ〜、それって普段のカッコは似合ってないってこと?」
 「そうは言ってませんよ。
  でも、こういういかにもなお衣装ほど、
  均整が取れてないと映えませんから。ねえ? 久蔵殿。」
 「…、…、…。(頷、頷、頷)」

 さっきまでの会話になったのも、このお祭りへの“女王様”の選定に、今現在の女学園内の人気者であるこちらの三人娘らが、ほぼ無条件で選ばれたからで。全生徒へ名前とお顔が知れ渡ってるほどに、群を抜いての人気がある彼女らだからってのも本当だろけど。それよりも…どちらかといや、

 「特に実があるってこともない、学園内女王様ですから、
  暇な人へ押し付けたって方が正解なんでしょうよ。」

 いや、こればっかりはそこまで拗ねたもんでもないと思いますよ? でもでも、三年の▽之宮様とか、B組の●小路様とかだって、そりゃあお綺麗だし威厳もあるのにサ。

 「でもねえ。久蔵殿だって、シチさんの女王様って一押しだったでましょ?」
 「…………vv //////」
 「そんなして二人がかりで おだてるのは無しっ!////////」

 ………のだそうで。ともあれ、天使たちが集う学園には、滅多なことじゃあ波風は立たないらしいから。実は実は腕に自慢の もと“侍”にして、前世の記憶もしっかり居残る、経験値も高いめの三人娘。余程のことでも起こらぬ限り、そんな平和な学園にて、のほほんと和やかに青春を謳歌していられた筈なのだが。





       




 南や西では梅雨らしい雨の日が続いているそうだが、こちらでは曇天止まりで、まださほどの降りにはならぬ。そのくせ、湿気だけは やって来ているようで、通いのバレエ教室の、なかなかに重厚な玄関から出て来たその途端、真っ向から吹きつけて来た風が、久蔵の金の綿毛をぼさぽさと容赦なく掻き混ぜた。

 「…っ。」

 妙に生暖かい風だったその感触へ、ついつい むうと口許を曲げ、お顔を背けた彼女だったが。学校帰りの制服姿だったこともあって、その存在は微妙に目立っており。おおあの女学園のお嬢様か。さすが○○バレエ団だ、そんなお人が通うのかと、通りすがりの人々がほぼの殆ど視線を向けて来るのは、わざわざ見ずとも気配で拾えた。すんなりとしなやかな痩躯に、日本人離れした金髪紅眸という奇抜な風貌だってだけでも十分目立つ身。よって、理由もなく集まってくる、他人の視線になぞもう慣れた。大通りと呼んでもよかろう、結構な人通りもある舗道つきの幹線道路沿いに所在する教室で、毎日こなしている基本のレッスンと、来月末に催される中学生までのクラスの発表会の、なんと男性役への助っ人を依頼されていたものだから、相手役の女の子とのリフトや何やの呼吸合わせの練習をこなし。さてと帰途についた、三木さんチのお嬢様だったのだが。

  「     、…………。」

 レッスンでかいた汗はシャワーで流したはずだのに、あっと言う間に薄ら汗がにじむほどの蒸し暑さの中、黄昏どきの街は夏至を過ぎてもまだ明るくて。その分、行き交う人の数も多く、しかも気配の輪郭もくっきりと濃いのだが。

 “気配を殺している者がいる?”

 いわゆる戦さがらみの、本格的なそれじゃあないが。息を殺して姿を潜め、自分は隠れながら様子を伺う者がいるのに気がついた。今の世の、ましてや単なる女子高生には不要な感覚だが、記憶が戻ったと同時、それまでは何となく勘がいいという把握でいたそれを、ついつい磨いてしまっており。ぼんやりしてみえるけど、実は勘のいい紅バラ様という異名を持ってもいる次第。いや、それは今はどうでもいいのだが。

 「……。」

 ただ怪しい者がいるというだけなら放って置くが、どうやらその何者か、こちらを凝視しているようであり。都内でも有名な女学園の制服目当てか、それとも、

 “俺という個人を特定してだろか?”

 たかだか女子高生を息を殺して観察するなんて、どっちにしたって変質者以外に思い当たる節がなく。今さっき出て来た教室の関係者だからという条件づけからなら、敵対する勢力からの妨害か、

 “………そんなもの、あったっけ?”

 しまった、そういう確執にはとんと関心がないので、それ以上の想像が広がらぬ。だが、教室の主宰の先生は人のいいことでも有名で、敵がいるなどとは聞いたことはなく、それほど困った困ったというお顔をしていた試しはないのだが。学生カバンと着替えの入っているバッグとを、ひとまとめにしての体の片側に提げ、日頃と変わらずの颯爽とした歩幅で歩きだせば、その気配もまたこそこそとついて来るようであり。ここで、気持ち悪いと怯んだり怖がったりするようならば……少なくとも兵庫さんは苦労しなかろう。怖い怖いと交番やコンビニへ駆け込むとか、それに乗って帰るバス停までを急ぎ、誰かと一緒にいるように努めるとか。何となれば、家への電話をかけて、家政婦さんの旦那さんで、専従の運転手さんに迎えに来てもらうとか。普通のお嬢様なら、そういった手を打つところだが、

 「………。」

 何にも気づかぬ素振りのまんま、すたすたと歩き続け。時に、信号があるでもない辻でわざわざ立ち止まり、向こうがこちらを見失わぬようにか気配を確かめたりしつつ、どんどんと歩いてく先は、幹線道路へと間口を向けた店の並びが途切れる方へ。そこにあった、裏路地への入り口のような小道へと折れた彼女だったのへ、

 「…………?」

 さすがに、一体そんな方向に何があるものかと怪訝に思ったか、尾行者は微妙に足取りを緩め、首を伸ばして覗き込む素振りを見せた。両側にそれぞれ窓のない壁が伸びるだけの細道は、何という特徴もない、ありふれた小道だったが、

 「???」

 片やは照明器具を飾った電器店、もう片やは確か耳鼻科の医院だった2つの建物に挟まれた、真っ直ぐで見通しのいいその路地のどこにも。上は白の半袖で、下は濃紺のひだスカートというセーラー服姿だった少女の姿がない。曲がった途端に駆け出したとしたって、突き当たりは袋小路になっているのだ。怪しい人物に追われていると気づいてのこと、どちらかの家の勝手口へと飛び込んだのだろか? だが、さほどに間を置かずに覗き込んだのだ、ドアが閉じる音なり気配なり、その端っこに何とかぎりぎり間に合ってたはずで、

 「………消えた?」

 まさかとは思うが、そうとしか思えない。さしてガタイがよかった訳でもない、バレエ教室に通うようなお嬢様。細っこい肢体の女子高生が、瞬く間に姿を消すなんてこと、そうそう出来ることじゃあ……

 「俺に何の用だ。」

 物陰に隠れているのかなと、何歩か踏み込んだその矢先、そんな首元に結んでいたネクタイをぐいと掴まれた。なかなかにコツを得た引っ張りようであり、斜め下前方へと、思いがけないタイミングで引かれたものだから、あわわとたたらを踏んで前のめりになったところへ、後頭部から浴びせられたのが…底冷えしそうな低い声。堂に入った口調と、落ち着き払った語調のそれは、まだ十何年しか蓄積のない少女が放てる種類のそれじゃあなかったが、

 「どうした。俺に何か、話でもあるんだろうが。」

 額にかぶさる金の綿毛。けぶるようなその前髪越しに、紅色の双眸が炯々と鋭くて。さっきまで追っていた可憐な美少女と寸分違わぬ本人だのに、玲瓏で端正でお人形さんのようだったその顔が、今はまるで………まるで?


  「ひ、ひぃぃいいぃぃっっっ!!」


 ネクタイを掴まれたままで後じさりをし、無理からリードを引かれている子犬のように、儘にならない首を必死になって振ってもがいていたかと思ったら。こちらの手を両手掛かりで掴んでそして、引き剥がそうと構えたものだから。

 「…っ!」

 ここだけは、前世の彼女にはなかっただろう反応。後になって本人も小首を傾げてしまったほどに、見知らぬ男からその手を包み込まれんと仕掛かった状況へ、一体何がどうしたものか、その手を彼女の側からも大慌てで振り払っていて。微妙に恐慌状態になっていながら、ふっと拘束が緩んだことにだけ気づいた不審な男は、そのまま脱兎のように駆け去ってしまった………のだが、


  「???」


 一体何が起きたやら。自分で自分の行動が理解出来ないという困惑を白いお顔に浮かべ、自分の両の手を見下ろしていた、かつての紅胡蝶、今はとある女学園の可憐な紅バラ様だった。そんな自分の足元に、一枚の写真が落ちてることにも、すぐには気づけずに……。





       ◇◇◇



 久蔵が、呆然として自分の両手を見下ろしていたのと同じころ。こちらもやはり、同じ制服姿で金髪に色白な女学生が、どこか眠たそうに目許を伏せて、バス停の幌を支える支柱にその身を凭れさせていた。今月中にインターハイに向けての都の代表を選考する格好の、剣道の予選大会があるがため。ついつい日々の練習にも、熱が入ってしまう今日この頃、なのだが。

 “…勘兵衛様、今週に入ってからは連絡くれないなぁ。”

 またお仕事が忙しい段階に入ったのだろか。警察官だなんて、生活も不規則だし危険だし、犯人の関係者から逆恨みもされるっていうし、良いトコなしな職業じゃないか。過労から体力も擦り減らされて、それでなくとももうお若くはないってのに、皆を引っ張る立場上、そうそう休むことも出来なくて。反射神経が鈍った最悪の間合いに、追ってた犯人が逆上して撃って来た弾丸を避けられなかったらどうしよう。素人が細工した粗悪な弾丸だったりしたら、弾丸は取り出せても重い後遺症が襲って来たりして。半身不随とかになってしまって、それでも勘兵衛様のことだから、車椅子に乗ってでも現場に立ち続けるって言って聞かなくて。


  「   あああ、そうなったら どうしよーっ。」


 凭れていた支柱から背を浮かせ、がばちょと身を起こしつつ、両手を握って戦慄(わなな)いた彼女のすぐ手前から、どひゃあっといきなり後じさった誰かがいて。

 「え? え?」

 別に居眠りしていた訳じゃあなかったけれど、隙があったには違いない。こんなまでの至近に誰かが近づいていただなんてと、そんな事実へあらためてドッキリした七郎次だったが、

 「………あ。」
 「佐伯、さん?」

 この蒸し暑い中、それでもスーツをきっちりと着込んだその男性には、七郎次にも見覚えがあった。勘兵衛の部下で、頼もしいし なかなかに気も利く、若手刑事の中じゃあ筆頭の、佐伯征樹という御仁。

 「なに、危ない居眠りしてるから、どうしたのかと思ってね。」

 ああうん、僕は訊き込みの途中だったのだけれども、と。どちらかといや鋭角的な印象のする面差しを、ふわり和ませての話してくれて。これから本部へ戻るんだけど、何なら途中まで送ろうか? えとあの…それって、勘兵衛様から叱られませんか? きっぱり断れないのは、実は眠くて眠くて仕方がないからで。微妙な妄想に走ってしまったのも、きっとそんなせいだと苦笑で誤魔化しつつ、肩から提げてた道着袋を揺すり上げたそんな間合いへ、不意に……

 “………え?”

 向かい合って言葉を交わしていた佐伯が、不意にその身を寄せて来た。上背があり、かっちりとした体躯をした男性なので、もしかして…真正面からは、七郎次の女子高生としての姿は、すっぽりと隠されてしまっていることだろう。

 「………佐伯さん?」

 怪訝そうに声を低めた七郎次へ、顔見知りの刑事さんがこそりと囁いたのが。


  「君を観察している奴がいる。」
  「はい?」


 実はね、女学園からの連絡があって、校門をじっとじっと観察している不審者がいるって気がついた職員の方がいらしてね。学校が学校なだけに、騒々しく取り締まるのもなんだからって、俺が対処へと飛んできたわけなんだけど。

 「心当たり、あるわけないよね?」
 「〜〜〜〜っ。」

 目眩がするほど激しくかぶりを振った彼女だったのへ、判った判ったと苦笑をし、とりあえず、迂回しもっての撒いてから自宅までを送るからと。そりゃあ頼もしいお言葉を下さった佐伯さんであり。


  はてさて、何が起ころうとしているのやら。



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  *しまった、余計な前置き話が長すぎたんで、今日中に終われなかったです。
   続きもすぐに書きますね?

めーるふぉーむvv ご感想はこちらvv

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